・訃報 ― 2026年04月05日 10:24

訃報


一昨年の2月(2024.2.4)にブログを更新した『大先輩とのお話』の大先輩が亡くなった

との訃報をご長男からいただいた。


とても残念に思うがご冥福をお祈りしたい。


私の人生の置いていろいろと様々な影響を与えてくれた方であった。

もう一度何かチャンスが有ればお話ししたいと思っていたのに実行できなかった事を悔やんでいる。


大先輩とは専務の時に私と出会い、社長になった時に懇意になった、


たまたま社内の電算化の話が進んでいる時、

私が大先輩の会社の電算化についてどのように具体化すれば効果が有るかとの話を書いて

その文章を担当者に渡した事がきっかけで、

私にその仕事をして欲しいと懇願された、


自分は社内でそろそろ転勤か?と思っていた時で有ったため、

大先輩の会社に社外勤務として出向したことから長いお付き合いになった。


大先輩の会社も電算化が上手く行き、株式も上場でき企業体もしっかりとした、


自分も情報システムの責任者としてオフコンの先駆けとして電算機メーカーから講演を依頼される

実績も残した。


大先輩も業界のリーダーとして様々な組織で活躍され2004年に旭日小授章を受章され,

園遊会にも出席された、


世に出した書籍も数冊あるが。

大先輩の生き方や経験、知識を独特の文章タッチで描かれ面白い書籍であると自分は評価している。


社長から会長になったが私の定年後も大先輩の会社の顧問として再雇用してくれた、


私の40歳から62歳までの後半のサラリーマン生活に有意義に関係した人物である。


ご冥福をお祈りしたい。


大先輩の会社からも私宛に『お別れの会』出席依頼が来たが、

自分の体調がどのように変化するか不明で有るので都合により出席できないと回答する。


94歳と自分より16歳も年上で人生の先輩として尊敬していた人が逝ってしまった。

とてもとても残念である。


安らかにお休みください。合掌。


南無釈迦牟尼仏、

南無妙法蓮華経、

南無大師遍照金剛

南無阿弥陀仏



大先輩とのお話 ― 2024年02月04日 11:51

14年前に別れた人生の大先輩から電話をもらった、

ことのきっかけは昨年、先輩から手紙が来て視力も落ち介護が必要になったので、


介護付き老人マンションに夫婦で入ったとの連絡で有った、


自分は移転連絡と思い住所録は修正したが、何号室ともなかったので、

今年の年賀状はその老人ホームに出すべきか、従来のままか、悩んだ結果、

どちらにも出さなかった。


1月中旬に老人ホームの住所で先輩から年賀の手紙が来た、

あわてて、返信のハガキを作り、郵送したがその時に、


自分も膠原病が発症して心臓の弁の交換や胃癌が発見され、内視鏡で切除したが、

結局、腹腔鏡でリンパ節も含めて70%の胃の切除をした事を付け加えた、


そのハガキを奥様から読んで聞かれ、私のところに電話があった。


自分は其のような心の準備もなく電話で話してしまったため、

充分にお話することが出来なかった、とても残念に思ってしまう、


14年前に自分が現役を引退した時、横浜の中華街で送別会を実施してくれた、


先輩は2011年3月11日に80歳になったので今年は93歳になる。


私は現役を2010年に引退したから今年で14年である。

視力が無くなった人との会話はどのように対応するのか?どんな生活をしているのか?

どんな時間を過ごしているのか?


聞きたいと思ったけれど何も話すことが出来なかった、


正面1

昨日(2月3日)先輩から大きな花籠が届いた、


正面


私の手術のお見舞いだそうだ自分としては初めての贈り物でびっくりした、



先日、電話をもらったので、その携帯番号に連絡して奥様から本人に変わってもらった、


お花のお礼を伝え、

左
右

お互いに健康に注意して少しでも長生き出来るように頑張りましょう


ということで電話を切った、


今回も自分が思っている事をすべて聞くことが出来なかった、


視力が無くなってもスマートスピーカーを利用すれば、


電話の送受信から、声でいろいろ出来ることを知った。

先輩に勧めることが出来なかった次回のチャンスに努力したい。