・パソコンの更新 ― 2026年01月19日 23:00
パソコンの更新
前回のブログでも開示したが今、気になっているウィンドウズ10
から11へのコンバートである、
これは昨年末ウィンドウズ10のサポートが終了してしまい、
今まで使っていたパソコンがウィンドウズ11のシステム要件を
満たしていないことが、新しいパソコンに更新しなくては成らない、
この作業がとても気になって自分のストレスになっているのでは
ないか?と考えている、
先週インターネットを見ていたらウインドウズ11にコンバートする
裏技が紹介されていた、
動画を見てまだ自分で実施していない裏技なのでなんとなくやって
見ようと思い、時間が掛かるがチャレンジした、
もちろん自己責任での実施である、
十分に確認して実施したが、うまくウィンドウズ11をインストール
出来たと思ったが、さにあらずパソコンがまるで起動しなくなって
しまった。
原因不明。パソコンの内部を見て、様々な試みを実施したが
まるで起動しなくなってしまった。
電源は入るのだが何も動かない。
バイオスが壊れてしまった感じである。
パソコンは動かなくなると、とても困るのでネットで中古パソコンを
検索して、とにかくウィンドウズ11をインストールしているパソコン
で販売先の保証期間が長いところから、一番安価なパソコンを選択して購入した、
翌日届くと有ったので、午前中と依頼した、
翌日、富士通のパソコンが来たが、
情けない事にモニターとの接続が従来のVGA端子(D-sub15ピン)が
無い,中古パソコンでありマニュアルも無く、
DVI端子が有ったので、VGA-DVI変換コネクターをネットで注文した、
これがまた、DVI端子はオス、メスありdvi-d dvi-a dvi-Iと形状が
多少違っていてうまくパソコンに接続できない、
インターネットでマニュアルを確認したら、
テレビ等の映像機器で使っているHDMIと同様な
ディスプレイポート(Display port)がパソコン側に付いていた、
残念ながら自分はその端子の事を知らなかった、早速、
ディスプレイポート(Display port)から従来のVGA端子に変換する
コネクターを購入してパソコンとモニターを接続した。
これは問題なく上手く行った。マウス、キーボード等周辺機器の
接続も問題なく、ウインドウズ11で起動した。
従来のパソコンで使用していたSSDを外付けハードディスクと
使用したいと考えて接続して立ち上げたら、大変、
その外付けハードディスクからウインドウズが起動され従来の
ウィンドウズ10のOSに変わってしまい、
従来通りのファイル内容でパソコンだけが更新された結果になって
しまった。
OSは変わらないがパソコンは新しくなり問題なく動いている。
しばらくはそのまま使用したいと思っている。
とても疲れた一週間であった。
でも自分の勉強になったと思っている。
・爪木崎 ― 2026年01月12日 21:52
伊豆下田温泉
正月の前半が無事に過ぎ、昨日は鏡開きであった。
今年気付いたことは郵便局も働き方改革か年賀状の対応も
従来より遅くなり、年賀状が少なくなった割に到着するのが
遅くなってしまった感じがする。
従来は29日に投函しても元旦に届いた感じだが、
今年は3日になった模様。
24節季の一つの小寒も過ぎ、正月三が日に雪が降ったりして
寒い日が続いているが、これからは寒さが本番になるそうだ。
最近、特に変なものを口にした事がないのに下痢が続いて、
先日は16時間も布団に入ってしまった、
昔、町医者で過敏性腸症候群と診断された事があるが、
今の自分に大きなストレスはパソコンのウィンドウズ11への
コンバートがあるが、
なかなかパソコンの選定に悩んでしまう。
ストレスから来るのならとても悩ましく思う。





・大晦日 ― 2025年12月31日 14:22
大晦日
本年も後一日を残すだけとなった、
ブログの更新も従来よりは頻度をあげたいと思ったがなかなか、
自分の行動の記録を残す事が出来ない。
今年はいつもより大掃除をしっかり手伝ったと思っているが、
ワイフからは見ればまだまだ不満かもしれない。
でも現役を引退して15年にもなったが、
家庭をしっかりと見て来なかった自分がいた、
本当に申し訳ないと感じている。
これは自分の生き方にも問題があったのでは?と思ってしまう、
現役の頃はとにかく企業人で休暇も十分に取らず必死に働いていて、
一人になったら誰もいなかった、
可能性をたくさん持っていた時期と違い、
後は結果のみの時代になって、
今までの生き方に疑問を感じてしまう自分に情けなさを実感する。
本日午前中に、新年を迎える準備の手伝いに地区の天満宮に行って
作業したが、自分の思っている状況にうまく対応出来ない自分がいる、
歯がゆいがどうすることも出来ない。
気持ちがイライラしてしまって、しょうがない。
なぜ歯車がうまく回らないのか?
どのように思考すればよいのか?
来年はもっとゆっくりと考え行動する、
自分自身を作って行かないと、
残された人生を無駄に過ごす事になる。
来年は良い年でありますよう、祈っている。
さあ、今年もお宮さんに初詣に来る人たちの為、
後ひと頑張りである。
皆さん、良いお年をお迎えください。
・横浜ヨルノヨ ― 2025年12月15日 23:06
横浜ヨルノヨ















・南房総旅行 ― 2025年12月11日 11:34
南房総旅行
娘たちと出かけた、毎年年末になるとイルミネーションを見に、
出かけるのであるが、今回は本年4月に我々の結婚記念にブレゼント
された一泊旅行の宿泊地に娘達と一緒に行こうと言う事になり、
宿泊代は娘が出す、そのかわりお土産代を私に出して欲しいとの
計画で南房総に行ってきた。
平日の旅行であり、勤めている孫娘2名は休暇が取れず、
大学生の孫息子一人の参加で5人で出かけた、
車は娘婿にお願いした。初めてのケースである。
二部屋予約して我々が三人の大部屋、
娘達は2人での宿泊で有ったが、
我々の部屋は二間で大きな部屋にはダブルベットが2つ、
もう一つの部屋にはセミダブルと各部屋にトイレ、洗面所もあり
露天風呂が窓側に用意され、小さな部屋には別途シャワー室もある
立派は部屋であった。
どんなシチュエーションにこの部屋を使うのか?少し悩ましかった。
行き掛けの駄賃で原岡桟橋に寄る、

ちょうど満潮時間で有った事と波があり、
とてもスリルのある桟橋に感じた。

原岡桟橋は大正時代に魚の積み下ろしに使われた木製桟橋であるが、
遠景に富士山が望める等ロマンチックな桟橋である、
今回も富士山は見れなかった。
前回の宿泊もそうであったが部屋から見えるお月さまがとても綺麗で、
宿泊日は今年最後の満月でありコールドムーンと言うそうだ、


翌日朝の日の出もとても綺麗で有った、

水平線から昇る太陽は非常に珍しいが半分ぐらいは水平線から昇ってきた、完全な、だるま太陽には成らなかった。

今回はただ車に乗っていれば良かった旅行であり、
美味しい食事と楽しい時間を作ってくれた娘達に感謝感激である。
本当にありがとう。ありがとう。
・伊香保温泉 ― 2025年12月03日 23:06
伊香保温泉
先日,湯治に伊香保温泉に行ってきた、
紅葉には少し遅かった感じであるが、まだ少しは残っていて
伊香保神社の境内や

河鹿橋までの道のりに紅葉が一部であるが綺麗であった、


ホテルから見た山並みの紅葉が綺麗に見えた。

伊香保温泉の階段は途中からだが365/365段まで登った。

観光客は平日のため多くはなかったが沢山いた。
また伊香保温泉の先の長峰公園展望台まで行ってきたが、


ここではクマ出没情報が掲示されていたり、写真家が集う撮影会が
実施されていた、
面白かったのは撮影会の開催責任者と思われる人から野鳥である
ヤマガラに手で餌を上げることができるとの話で、

まめつぶの餌をもらいワイフが手に乗せてさし出したら、本当にヤマゲラが来て餌を持っていった。
野鳥がこんなになれているのにびっくりした。
でももっとびっくりした事実が発生した。
これは伊香保温泉に付く前の高速道路での出来事である。
2回目の休憩で、サービスエリアで昼食を取ろうと思い空いている
駐車エリアの一番左側の位置に車を止めた、
少し雨が降っていたので自分の運転席のドアーを開け、
トランクに入っていた傘をさした、助手席の乗っていたワイフに
傘をさし、ドアーをロックしてサービスエリアのレストランに
傘一本で二人で入った、
昼食を済ませ雨は止んでいたが車に戻ると運転席側のドアーが
開いたままでびっくり、
30分以上開けたままで、何も無くなっていなくて助かったが、
ドアーのロックを忘れたのでは無く、
ドアーが開いたままロックして車から離れていた。
本当に情けない。とてもびっくりした事実である。
・クリスマスイルミネーション ― 2025年11月27日 23:08
"クリスマス、イルミネーション"
毎年飾っている。クリスマスイルミネーションを本年も飾った、
我が家と隣の娘の家で並んで飾っているので、
地域でも有名になっている、我が家は道路沿いの2階の出窓と
その下の部分と

カーポートの上、

我が家の玄関口までのところ、


娘の家は道路沿い、垣根と側面

玄関前の垣根の上と壁面、


南側の壁面、

我が家との境目の道とアイテム数は全部で100アイテムぐらい有ると思う。
我が家の出窓でも全部室内用であるが13アイテムぐらい飾っている。
13個のコンセントを指して自分はオーデオタイマーを利用して
点灯と消灯をさせている。
その他アイテムのタイマーのセットは我が家か2個、
隣から4箇所合計6個のコンセントを使用している。電気の配線だけでも大変な作業である。
昨年修理したと思っていたハシゴサンタの三人いるうちの一番上が
点灯しない、
昨年の12月のブログで確認したが点灯していた、
歳を取ったせいかどのように修理したかが思い出せなかったが、
再チャレンジした、
今回ははんだ付けもして完璧に直すことが出来た。三人のハシゴサンタはきれいに点灯している。

イルミネーションを飾るともうすぐ年末が来ると感じてしまう。
・ツタンカーメン ― 2025年11月22日 23:17
ツタンカーメン
横浜のツタンカーメン展に行ってきた。
たまたま、娘たちが私の誕生会を野毛のふぐ屋でやってくれるとの
話だったので夕刻まで時間を利用して行きたいと思った。
インターネットで確認して行ったが、開催場所が良く理解出来ず。
横浜駅から散歩がてら探しながら行った。
みなとみらい地区も随分と変化していて驚いたが、
どうにか無事に着くことが出来た。
何度か展覧会に行こうと思っていて行かずじまいで有った、
ツタンカーメン展、
恥ずかしながらツタンカーメンとは古代エジプトの王を指す称号
(ファラオ)であり、古代エジプトとは紀元前3000年から
紀元前30年頃までの時代と有った。初めて知った。
紀元前1333年頃に即位したツタンカーメン王は短命であり
ツタンカーメンの黄金のマスクはとても有名である。
世界に3しか無いスーパーレプリカが展示されていた。

エジプト文明に付いては難しくて、良く理解できないが。
ただスケールが信じられないぐらい大きなことと文明の素晴らしさを
少しは感じることが出来た。
ゆっくりと見学して2時間くらいで有った。
まだ娘たちとの約束の時間には早いので、散歩を延長しようと思い、
桜木町駅を目指して徒歩でみなとみらい地区を散策した。
初めて歩く道だったのでとても新鮮に感じた。
娘たちと合流してふぐ料理屋に行った、
自分の誕生会をしてくれるとの事で、
ふぐのコースをごちそうになり、
最後はケーキまで準備してくれていた、
楽しい、素晴らしい一日を過ごした。



・一年前の事故の結果 ― 2025年11月20日 23:41
弁護士からの電話
本日事故の裁判の判決が出るとのことであったが、
午後に弁護士から連絡が来た、結果は追突か?巻き込みか?
の事故責任の割合であるが?
裁判官は私の責任が70%有るとの判決であった、
どんな理由でそのような判決になったかがまだ書類が届いていないので
不明であるが、先日、簡易裁判所に行って尋問を受けてきたが、
その結果が自分の事故責任割合を悪くした感じである、
とても悩ましく感じる。
判決文が届いた、自分が感じたことをまとめた。
判決文受け取りました。内容確認しました。
自分の感触では、裁判官が私の主張を信頼していないことがこのよう事に
なってしまったのですね、
先生が頑張ってくれていたのに誠に申し訳ありません。
自分は事故現場の交差点をしっかり曲がる為に十分な減速をして、
後方を見て方向指示機を出して左折したのですが、
事故が起きてしまった。
後方に左折に支障があると判断出来なかったと言われていますが、
そのよう状況ではどのよう左折したら良いか?相手が前を見ていたら、
左折を優先させる事が出来たはずです。
私が後方を確認したのは左折行為まえ15mぐらい手間ですが
相手は確認出来なかった。
ルームミラーでもサイドミラーでも写っていなかった。
衝突痕につては、リアーバンバー後部に衝突痕もあり、
リヤーヘンダーの上に乗っかっていたが、ウレタンバンバーであり、
手の力と反発力で戻ってしまった。
今はリヤーヘンダーの傷後のみとリアーヘンダーにバンバーを取り付けて
いた器具が欠落しているのが確認出来る。
裁判官への答弁で、自分は常に安全運転する事に気を付けており、
過去の運転操作について全て記憶していることは無いと思っていますと
言いました。
運転時の後方確認はミラーを見て後方確認して瞬時に自分が次のどう
行動するか判断して運転しています。
後方確認しながら左折行為は出来ない。
和解案(50対50)に有る、相手の前方不注意、
十分な車間距離確保は和解案には考慮していないと有りましが、
それと判決の整合性が理解出来ません。
控訴の件は一年以上も経過して記憶も定かで無くなっています。
今回の判決を覆す証拠があるとも思いません、
ただ私は何故裁判官が私の言っている事を信じてくれないのかが
理解出来ないです。
左折と巻き込みは私が100%過失がないとは言えません、
道路交通法の左折の合図(30m手前)の遅れは有ると思いますが、
事故の主原因は前を見ていなかった、
前を見るタイミングが遅れた相手にあると思っています。
・喪中のはがき ― 2025年11月15日 23:53
11月に入り喪中のはがきをもらった、
内容は喪中に付き年始のご挨拶をご遠慮申し上げます、
と書かれただけのはがきであった。
高校時代の友人からのはがきであり毎年年賀状を交換しているが、
おかわり有りませんか?程度であった。
もう30年ぐらい話していないと思う。
早速携帯電話から連絡しようと思ったが、
はがきをもらった人の電話番号がわからなかった。
何回か携帯電話を買え変えて来たが、住所録は引き継いで
いると思った。
何年か年賀状を遡ってみたが電話番号が判らなかった、
隣の親父の家があったときから使用している電話番号帳から
探したら、家電の番号が見つかった、
最近は携帯電話が多く、家の電話を解約している人も多く、
通じるかどうか判らないが電話を掛けた、
奥様がでたので、自分の名前を言ったら本人と話ことが出来た、
何年ぶりかの会話であるが、
お互い昔の思いに浸ってとても楽しい時間であった、
健康状況はお互い色々あるが、まだ動けない状態にはなっていない、
私の携帯電話の電話番号を伝え、
近くに来る事があったら、この電話に連絡して欲しいと依頼した、
今度はお互い顔を見て会話できると良いが、
さて本人と確認できるどうか?不安が残っている。
でも彼の声は大きく変わっていなかった、
自分の声は彼は変わったと言っていた、
再会することが出来たら本当に嬉しい。


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